地域社会と関わりを持つために何を行っていますか ?
今年も同じ。また来た、判で押したような文言。年中行事のように繰り返されるキャプション。答えもまた、毎年変わらない。
特筆すべきことは何もない。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、ありのままを書いている。今年もまた。
この地域と、意識して距離を置くようになった。記憶を辿れば、特定の瞬間があるわけではない。正確には「ここにいながら、ここにいない」という状態だ。関わらないようにしている。それは単なる選択だ。
だからといって、法を破るつもりは毛頭ない。他人の迷惑になるようなことも、しない。倫理を曲げることも、マナーを無視することも、考えたことすらない。生まれてこの方、そうして生きてきた。それは地域がどうであれ、社会がどうであれ、変わらない。変えるつもりもない。人としての筋というものは、外の世界の質に左右されるものではないと思っている。
ただ、積極的に関わることはしない。それだけだ。
今年も問われた。この繰り返しは、時に虚しさを運んでくる。問う側は何を期待しているのか。劇的な変化の報告を? 地域への献身の告白を? それとも、ただ書式を埋めるための儀式として? ただ、僕には僕の答えがある。揺るがない答えが。今年も、去年と同じ答えを、静かに記す。それが誠実さだと思っている。
あくまで主観だ。そう断った上で書く。この地域は、年々おかしくなっている。首長たちを見れば分かる。選挙の結果を見れば分かる。誰が選ばれ、誰が落ち、どんな論理でそれが起きているのかを観察すれば、この土地の精神的な地図が浮かび上がってくる。私にはその地図が、年を追うごとに歪んで見える。
自己中。自己満足。それが空気のように充満している。かつてあった、ある種の共同性の感覚、他者への眼差し、地域を我がこととして担う気概、そういったものが、薄れていっている。いや、もう薄れたという方が正確かもしれない。
しかし主観は、当事者が最も長く、最も近くで観察し続けた結果として生まれる。それを一概に否定することもできないだろう。
繰り返すが、主観だ。
遡れば遡るほど、この地域は豊かだった。それは美化でも懐古趣味でもない。歴史が証明していることだ。この土地に生きた人々の営みの記録、残された建物や言葉、伝承や制度、それらを見るとき、かつてここに確かな文化と倫理と共同体の力があったことが分かる。県域まで広げても、そう言える。かつての人々は、何かを一緒に作ろうとしていた。地域を、次の世代に渡すべきものとして扱っていた。
今は、何もない。これは悲しみではなく、観察だ。感傷ではなく、記録だ。
この地域だけの話ではないかもしれない。しかしこの地域は、特に孤立している。日本全体として見たとき、ある種の活力や変革や文化的な動き、そういうものの中心から、この場所はどんどん遠ざかっている気がする。置いていかれているのか、自ら距離を取っているのか、あるいはその両方なのか。それが今のここだ。
影響を受けないようにするのが一番だ。場所は今変えられない。精神は守れる。外の空気が濁っていても、自分の内側を澄んでいるように保つことはできる。そのために、距離を置く。関わりを最小限にする。
来年も、またこのキャプションは来るだろう。そしてまた書くだろう。必要最小限に、特筆すべきことは何もない、と。
今年もそう書いた。去年もそう書いた。変わっていない。外の世界がいくら変質しようとも、自分の軸は保つ。それが私のやり方だ。
いつも通りだ。
生まれてこの方、何ら変わったことではない。


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