人生の支えになっている引用や、よく考える引用はありますか ?
ストンと落ちた、あの一言について。
「なぜ生きているのか」という問いを、長く抱えていた。それは死ねないからだとして、自分を納得させていた。人生の支えではない。支えというのは、何かが傾いているから必要になるものだ。自分の人生は自分のものである。傾いてなどいない。支えなど要らない。
そんなふうに思っていたある日、父の死に向き合い、弔うため仏教を猛烈に勉強した。その時一人の禅僧の言葉に出会ったのだ。
「命は苦」
この言葉の根は、仏教の最も根幹にある教えに繋がっている。釈迦が悟りを開いた後、最初に弟子たちに説いたとされる「四諦(したい)」という真理の体系がある。その第一が「苦諦(くたい)」、すなわち「人生は苦であると悟ること」だ。釈尊はこう説いた。「生は苦である。老は苦である。病は苦である。死は苦である」と。 
苦、というのは単なる「つらい」という意味ではない。仏教でいう「苦(ドゥッカ)」とは、「人生は思い通りにならない」という根本的な真実 を指している。あるいは、もっと身体的なレベルで理解するとすれば、こういうことだ。
「生きるとは、苦から逃れ続けること」である。人は空腹という苦から逃れるために食事を取り、食べ過ぎは苦であるから食事を終了する。座り続けることは苦痛であるから立ち、立ち続けることは苦痛であるから座る。
魚にとっての水。人にとっての空気。心臓は動き、肺は呼吸する。意図的には止められない。止まると、苦痛どころの騒ぎではない。命そのものが、すでに絶え間ない「苦から逃げること」で成り立っている。
命が苦でないことを前提としていると、苦に出会うたびに傷つく。しかし最初から「命とはそういうものだ」と知っていれば、苦は裏切りではなくなる。異常でも、不幸でも、誰かの責任でもない。それが命だ。


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