人生に後悔など無い

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行動しなかったが、行動すればよかったと思ったときの状況について書いてください。 どうしたらよかったでしょうか ?

そう問われれば、誰しもいくつかの場面が浮かぶだろう。
父の死に目に会えなかったこと。検診で指摘されていたにもかかわらず、自覚症状がないからと後回しにしてしまったこと。どちらも、確かに「あのとき動いていれば」と思わずにはいられない出来事だ。
しかし、後悔ではない。これは強がりでも、自己防衛でもない。むしろ、あの瞬間の自分を、いまでも信じているということだ。父の件も、健康の件も、その時の自分には、その時なりの理由があった。仕事があった、距離があった、痛みがなかった。神ならぬ人間として、そのとき持ちえた情報と判断力で、精いっぱいの選択をした。それが結果として「正解」でなかったとしても、それは「間違い」でもなかったと思っている。
「ああすれば良かった」というのは、未来を知ったうえでの言葉だ。しかし人は、未来を知らずに今日を生きている。完璧な選択などというものは、すべてが終わったあとからしか語れない幻想に過ぎない。
このキャプション自体、少々危うい。「後悔を語れ」というフォーマットは、ともすれば過去の自分を断罪させる装置になりかねない。だが、自らの歴史を裁判にかけることが、果たして誠実な内省といえるだろうか。
あのとき自分はそう判断した。なぜそう判断したなど過去の事だ。どうなる訳でもない。近い状況はあったとしても、同じ状況はありえない。
人生に後悔はない。そう言える自分を、少しだけ誇りに思っている。

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