器の容量

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どんなときに不安になりますか ?

家族が体を壊した時。自分の体調が優れない時。どちらも共通しているのは、自分の手が届かないということだ。原因が分からない、分かったとして、それを自分でどうにかできるのか——そういった問いが頭の中でぐるぐると渦を巻き始める。
思えば、不安とは「いっぱいいっぱい」の別名なのかもしれない。
人には器がある。普段はそこに、喜びや心配や日常のあれこれが、ちょうどいい塩梅で収まっている。ところが、どうにもならない事が流れ込んでくると、器はみるみるうちに満たされていく。縁のぎりぎりまで水が迫った時、あの息苦しさがやってくるのだ。

溢れてしまえばどうだろう。
溢れた水はもう、器の外にある。そうなると不思議なもので、視界が開けてくることがある。開き直るわけでもなく、諦めるわけでもなく、ただ「ここまでは自分のもので、ここから先は違う」という境界線が、ぼんやりと見えてくる気がする。
溢れた分だけ、器に余裕ができる。
どうにもならないことを抱えながらも、人は案外、そうやってやり過ごしてきたのかもしれない。不安は消えないけれど、溢れることを恐れなくなった時、少しだけ楽になれる。

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