忙しい日の疲れはどのように癒しますか ?
朝、起きた瞬間からすでに始まっている。会議、締め切り、荷物の重さ、立ちっぱなしの足。忙しさの種類は違っても、夕暮れ時に感じるあの削られた感は、誰にでも共通しているだろう。
ぼーっとすること、湯船に浸かること、甘いものを口にすること、そして深く眠ること。これらはすでに知っている。効果的だ。でも他にも何かありそうな気がしている。
疲れた日に言葉は重い。活字を読もうとしても進まない。そんなとき、音楽はいい。ただし「聴く」のではなく「流す」のが肝心だ。脳が処理しようとしない音量と選曲で、部屋にただよわせる。ジャズでも、波の音でも、雨音でも。言語を使わない音は、言語で疲れた頭皮をやさしく撫でてくれる。
デスクワークで疲れた日は、動かす。身体を動かす。手作業でも良い。家事、落書き何でもいい。思考を伴わない動きは、精神的な疲労をほぐす。脳の「考える部分」を休ませながら、感覚だけで動ける作業は、静かなリセットになるのだ。
解放されたら、すぐ横になりたい気持ちはわかる。でも、夜の少し涼しくなった空気の中を、目的もなく歩く。身体を動かすというより、空気を変えてみることに意味がある。天井のない場所に出るだけで、その日まとわりついていた重さが、少し薄れていく。
ひとこと誰かに言うだけで楽になることがある。聞いてもらうことが目的であって、解決策は要らない。もし話す相手がいない夜は、ノートに書くのでもいい。うまく書こうとしなくていい。ただ、今日あったことを、今日のうちに外に出す。頭の中に残したままにしないことだ。
ぼーっとすることと似ているが、スマートフォンも、テレビも、音楽も、何もつけない時間を、意図的に設ける。最初は落ち着かない。それでいい。寝落ちすればそれはそれで良い。現代の疲れの多くは、刺激の過多からきている。何も入ってこない時間は、受け取りすぎた一日の、静かな清算になる。
疲れの癒し方に、正解はないようだ。身体が疲れている日と、頭が疲れている日では、必要なものが違う。例えば、人と話しすぎた日と、一人でいすぎた日では求めるものは逆になるだろう。
大切なのは、その日の自分がどこを使いすぎたかを、少しだけ振り返ること。そして、使いすぎた場所とは別の何かに癒しのヒントがある。一日の終わりは、翌日の始まりでもあるのだ。


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