お気に入りのレストランはどれですか ?
美味しいと感じたものもたくさんあった。が、今では、お気に入りと言えるレストランは無い。基準となる所の印象が強すぎるのだろうか。
子供の頃お気に入りだったのが「グリルタイガー」愛媛県今治市にあった洋食屋だ。夏休みに祖父母の家に帰省した際に連れて行ってもらったり、テイクアウトで食べたりした一品があった。
カツライスだ。絶品だった。一口サイズの牛カツが、白いご飯の上に並べられ、その上からオリジナルのデミグラスソースのようなルーがかかっている。ルーは市販のものとは全然違う、少し苦みと香ばしさを帯びた、複雑な味わいだった。子供の舌にも、それが「特別なもの」だとわかった。食べるたびに、ゆっくり味わおうと思うのに、気づいたら皿が空になっていた。テイクアウトは特別だ。帰省先が権力者とか名士とかでは無い。普通のサラリーマン家庭だ。ルーとカツが分かれた状態で持ち帰えってくれる。ご飯は自前だ。
そこは20年以上も前に閉店していた。今治のカツライス文化について書かれたウェブサイトによれば、グリルタイガーは「惜しまれつつ閉店」し、今治カツライスそのものは元料理長やその厨房にいたスタッフたちによって市内の複数の店に受け継がれているという。さらに言えば、今治カツライスはそもそもグリルタイガーの料理長が大阪や岡山のカツ料理を参考に考案したとされており、小ぶりのカツを並べる外見と、苦みと香ばしさを感じる独特なデミソースがその特徴だとある。
なるほど、やはりあれは普通のデミグラスではなかったのだ。記憶は正しかった。
数年前、道後温泉を訪れた際に、その「引き継いだ店」のひとつに足を運んでみた。メニューにカツライスはあった。見た目も、似ていた。が、何かが違った。ソースの深みが違うのか。カツの大きさが違うのか。それとも単に、記憶の中で味が美化されすぎているのか。あるいは、子供の頃に感じた「特別な日のご馳走」というのが、一味加えたのかもしれない。冷静に考えれば、おそらくその全部だろう。それに、店の方々の雰囲気も違った。あの頃空気はそこにはなかった。それ以上は追いかけるのをやめた。思い出はそのままにした、
食べ物の記憶というのは厄介で、それ単体ではなく、誰と食べたか、どんな夏だったか、皆どんな顔をしていたか、そういったものが全部込みで味になっている。再現できないのは当たり前で、だからこそそれは失われた味であり、同時に永遠に残る味でもある。


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