ネガティブが見つからない。

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家族があなたにしてくれたポジティブなことを教えてください。

昨年の病院での介護。避暑地でのクラインガルテンの契約。と、確かにそういった出来事はあった。しかし、どうも筆が進まない。「当たり前すぎて、面白みがない」という感覚がつきまとう。

なぜだろう。そもそも家族からされたことに「ネガティブ」というカテゴリーが、そもそも存在しないのだ。

すべて振り返れば「ポジティブ」という色に染まっている。意図してそうで、していない。なんか自然と、そうなっている。全部がそうだから、逆に何も特別ではなくなってしまう。これは、他の人とは少し違う感覚かもしれない。

多くの人は、家族との記憶の中に光と影の両方を持っている。だからこそ「ポジティブ」が際立つ。背景にある「ネガティブ」があってはじめて、良い出来事が浮かび上がる。

でも私の場合、影がない——いや、正確には、影だと思っていない。

そうすると、「ネガティブとは何か」

ネガティブというのはその出来事をどう受け取るかだ。解釈の問題だ。同じ出来事でも、ある人には傷になり、ある人には糧になる。形はさまざまだったとしても、すべて「相手を思って」という一語に集約されるような気がする。だから何を取り出しても、ポジティブにしか見えない。

それは才能なのか。いや家族に恵まれたという幸運なのかもしれない。

「面白みがない」と感じたのは、特別な出来事が少なかったからではない。特別ではないことが、当たり前に積み重なっていたからだった。

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