ドラローシュと

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一緒に夕食を食べてみたい作家は誰?何を話したい?

画家と。これは時を超えた晩餐だ。ポール・ドラローシュと『レディ・ジェーン・グレイの処刑』について話をしたい。

この問いは、思いのほか厄介だ。ただの対話ではなく「食事」という時間が加わることで、選ぶ人物との距離感がまるで違ってくる。
物書きを呼ぶという手もある。石原慎太郎、谷川俊太郎、かこさとし——名前は次々と浮かぶ。だが正直に言えば、自分はそれほどの読書家ではない。彼らの作品世界を十分に語れる自信がなく、せっかくの食卓も気まずい沈黙で終わりかねない。
それなら、画家はどうだろう。ただし現存の作家ではなく、すでに世を去った人と。しかも作品全般について漠然と語るのではなく、たった一点の絵に絞って話す。一点だけでも、おそらく時間はまるで足りないだろう。それでいい。許された時間のなかで、本人の口から直接語られる言葉を聞く——これは様々な評論家の解説を読むより、はるかに価値のあることだと思う。文芸にも美術にも評論家は数多くいるが、結局のところ、本人の肉声を通してしか入ってこないものがあるのだ。もちろん評論家の言葉も、彼ら自身の思想として聴く分には面白い。だがこの機会は貴重だ。
昨夜、たまたまYouTubeで一枚の絵に出会った。ポール・ドラローシュの『レディ・ジェーン・グレイの処刑』。その内容があまりに衝撃的で、心を掴まれた。この人と食事をしよう、と決めた。

ちょっと絵の説明をしておこう。
『レディ・ジェーン・グレイの処刑』という絵
1833年に描かれたこの作品は、縦246cm×横297cmという大画面の油彩で、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されている。描かれているのは、イングランド史上初の女王でありながら、わずか九日間で廃位され、1554年に16歳の若さで処刑されたジェーン・グレイの最期の瞬間である。プロテスタントであった彼女は、カトリックへの改宗と引き換えに助命するという申し出を毅然と拒み、死を選んだと伝えられている。「九日間の女王」という異名の悲劇性が、この一枚に凝縮されている。
構図そのものが実に演劇的だ。画面はきれいに三分割され、目隠しをされ白い衣をまとったジェーンが中心の三角形の中に配置される。柱にすがりついて泣き崩れる侍女、耐えきれず気を失いかけている侍女、そして右手には斧を手にした処刑人が控える。史実では屋外での斬首だったとされるが、ドラローシュはあえて薄暗い室内という舞台装置を選び、観る者の感情を直接揺さぶる演出を施した。この「史実からの逸脱」こそ、聞いてみたい核心のひとつだ。なぜ真実よりも劇的効果を選んだのか。
この絵にはもうひとつ、ドラマがある。1834年のサロン出品で人気を博し出世作となったのち、ロシアの富豪の手に渡って一時は人々の記憶から消えた。1902年にナショナル・ギャラリーへ寄贈されるが、1928年、テムズ川の氾濫でギャラリーの地下が水没し、行方不明になってしまう。実に45年後の1973年、若い学芸員が保管庫の奥から無傷のままの本作を発見したという。ロンドンに留学していた夏目漱石もこの絵を鑑賞し、その印象を短編『倫敦塔』に書き残しているという。


もし本当にドラローシュとテーブルを挟んで座れたなら、まず尋ねたいのは、歴史画家として史実を重んじる姿勢、目隠しをされ、断頭台を手探りするジェーンの姿に、何を託そうとしたのか。侍女たちの慟哭は、同時代の観客の誰の感情を代弁していたのか。なぜその瞬間を選んだのか。一枚の絵のために食事の時間をまるごと使い切っても惜しくはない。

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