知ったかぶりの上から目線

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「幸せ」について、多くの人が勘違いしていることって何だと思いますか?

「多くの人が勘違いしている」という枠組み自体が、すでに自分だけが正しく見えているという傲慢さ感じさせる。そしてそれを「共有」しようとする行為は、善意に見えて相手の価値観を矯正しようとしているとも受け取れる。

人それぞれで良いじゃないか。と思っている。この背景には他者の幸せのあり方をそのまま尊重したい、という感覚があるのだ。

確かに「人それぞれ」という主張自体も、幸せについての一つの立場じゃないかと言われればそれまでだ。人は幸せの予測が構造的に苦手だ。人はお金・地位・承認などを手に入れても想定ほど幸せにならないことが繰り返し示されている。これは「価値観の違い」ではなく、人間の認知の癖だという。だからこの事を共有することには意味があるというのか。

ただ、一般に問うこと・共有すること自体は、人間が知恵を深めるための大切な営みだと言うことは否定はしない。

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