キャリアという名の抜け殻

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これまでどのような仕事してきましたか ?

人は長い時間をかけて、自分というものを「何をしてきたか」で語る。面接でも、これまでのご経験などスムーズに答える。

しかし、「何を今更」という感覚を覚える。キャリアとは本来、自分の外側にある実績の集合体だ。資格や同僚との思い出はあるが、それがいまの自分を説明しない。過去の職歴も事実としてそこにある。が、もう捨てた。「キャリアは確かにあった。でも、それが何だというのだ」というとても透明な冷めた感覚なのだ。

社会はよく「あなたは何者ですか?」と問う。そしてその答えを、職業や実績や所属に求めさせる。それ自体は悪ではない。人が共同体の中で生きる以上、役割の言語は必要なのだろう。

「キャリアも同僚も資格も、もう飾りに過ぎない」と感じるとき、その人は何かを失ったのではなく、むしろ何かに気づいてしまったのではないだろうか。

自分の価値が、外部の実績に依存していたという事実に。そして同時に、それを剥ぎ取った後にも、確かに自分がいる事実に。

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