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「とき」と読む。思い出の一字である。

「お惣菜 季」 北新地の雑居ビルの一角にあったお店だ。昭和の時代を映像で見ていて思い出した。といっても昭和の話では無い。おかあさん(中にはママ、愛称などで呼ぶ常連さんもいる)や、店の雰囲気、そこに集う顔ぶれが落ち着く。北新地で個人的に最初で最後「ツケ払い」のできたお店である。

おかあさん。親の年齢よりはうんと若いが人生の大先輩である。サラリーマンとしては僕もそこそこには経験しているが、団塊の世代の諸先輩方と夜の世界で働いてこられた尊敬できる一人である。歯に絹を着せぬ物言い。武勇伝。苦労の成せる技だ。時に客は愚痴り、叱られ、家では話せない話を自ら話すなど、皆好き勝手している。

雰囲気はカウンターに詰めて8席くらい。椅子は丸椅子。長居するにはちと辛い椅子だ。でも長居する。メニューは無い。出されたものを食べる。グルメ達も唸らせるような特別なものが味わえることも時々ある。また出前も頼むことも。一見さんお断りではない。。。持ち込みもできる。持ち込み料は無いが客にシェアするのが条件だ。時には客に買い出しを頼むことも。雑居ビルも相当古い。地下にはそこそこのクラブがあり同伴客が来ることも。店の雰囲気が変わる。が、クラブの女性緊張感が伝わって来る。どの女性もそうだ。感じるんだろう。おかあさんのオーラを。

客は大学教授、医師、弁護士、会社役員、元の人達も多い。昼間には縁のない方ばかりなので話題も気にせず気が楽であった。仕事でも私用でも何人か連れては来たが殆ど合わなかった。店というより個性的な客が多く圧倒されたのだろう。後日耳にするのは大抵そんな話だ。

もう一人で外で飲む機会は無い。季が無くなり、それを機にやめた。自称「季保存会」を名乗っていた。直接は聞かなかったが、古参の常連の中には不快に思っていた人も居た。よくある話だ。目立つ存在が煙たい性分の方が居る。子供の頃から同じことをしても目立ってはいた。これも性分だ。仕方ない。

コロナ禍前に閉店した。最後は行かなかった。在宅ワークだったことを理由にしたが、実は終わらせたく無いきもちが強かった。外飲みをやめた理由もこれ以上が無いことを悟ったからである。

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