嫌いではない。時間さえあれば何の問題もない。一人なら普通のことだ。
サラリーマン時代は生計を立てる為とはいえ余計なストレスを抱えてきた。通勤時間にも一日の2割を取られていた。移動中にも遅延などあると更に時間を取られる。生活のリズムも崩れる。リズムは大事だ。規則正しく生きてきたのでそれが普通になっている。
今は通勤時間がゼロ。2割時間が増えた感じだ。その時間があれば家事をして散歩をしてもお釣りがくる。リズムも狂わない。長年主婦業をしていると、このような時間が増えた感じは無いだろう。家事から解放されると、その分時間が増えた感じになるだろう。win-winだ。なので家事をする。持ち家を大事にする意味もある。
家事をするといっても、機械の進歩に助けられている。最新のものは殆ど無いが不自由は無い。忖度も一目も気にする事がなく自分の五感でやり遂げられる。家族も協力的。だと思う。。。 よっぽどだとダメ出しはしてくれる。ある程度は我慢してくれているのだろう。できる限りはやってみたいと思っている。
問題がない訳ではない。一つあげると水仕事で指紋が無くなる事がある。昭和はさぞ大変だったのだろうと思う。そういえば冬の学校の掃除の時間、モップや雑巾を絞るのは応えたことを思い出した。


コメントを残す