寒い気候についてどう思いますか ?
アイスランド、グリーンランド、北欧、アラスカなんかどうだろう。オーロラベルト辺りだ。そこに人が暮らしている。ずっと前から。
アイスランドは火と氷が同居する島だ。その名前は人を遠ざけるために付けられたとも言われる。入植者たちが肥沃な土地を独り占めするための策略だったという説もある。しかし実際に行ってみると、その気候は名前ほど過酷ではないようだ。首都レイキャビク周辺の冬の平均気温はマイナス2℃からプラス2℃程度で、北海道の真冬とそれほど変わらない。 むしろ厄介なのは天気の気まぐれさだ。南からの暖かい湿った空気と北極からの冷たく乾いた空気がこの島の上でぶつかり合う。そのため1日のうちに四季があるといわれるほど天気がめまぐるしく変わる。日照時間は夏が21時間、冬は3時間と差が大きい。寒くて暗い冬が、文化を育てた。太陽が昇らない極夜に近い時期、焚き火やランプの明かりのもとで家族や仲間が語り合う──そんな暮らしの中から「サガ」と呼ばれる壮大な叙事詩が数多く生まれた。 そして産業についても、気候は恵みをもたらしてきた。海に囲まれ冷たい海流が流れ込むアイスランドの沿岸は、プランクトンが豊富で魚もたくさん集まる。さらに現代では地熱がある。この国では電気や暖房のほとんどが再生可能エネルギーでまかなわれており、家の中の暖房もほぼ地熱エネルギー。寒い冬でも部屋の中は温かく、しかもエネルギー代が他の国よりもリーズナブルだ。
グリーンランド─は世界最大の島。面積は日本の約6倍。しかし人口は5万6千人と少数ながらも、イヌイットの末裔たちが伝統的な生活を送っている。 彼らはおよそ800年前にこの地へやってきてから、海や陸の動物を食糧としてきた。狩猟をメインとする暮らしは、スーパーなどができた現在でも変わっていない。クジラ、カリブー、タラ、アザラシなど、毎日の食卓に並ぶのは彼らが自ら狩猟した食材だ。学校ではハンティング休暇という休みも設けられているほど、この地で生きていくために重要なスキルでもある。 その食が健康とも深く結びついている。グリーンランドのイヌイットは、デンマークの白人に比べ心筋梗塞が極めて少ない。その理由は、アザラシやクジラなど彼らが主食とする動物や魚の脂肪に、EPAが豊富に含まれているためだと研究者たちは突き止めた。 寒い海が育む命が、そのまま彼らの体を育てていたのだ。しかし今、温暖化により年々降水量が増え、頻繁に嵐が来るようになっている。もともと低湿な気候に適応した生活様式で暮らしていたため、湿気が増えることによりさまざまな弊害が生じているという。寒さの中で培われた知恵が、温暖化という逆の力に脅かされつつあるのだ。
北欧(フィンランド)では幸福と寒さは矛盾しない。世界一幸せな国の常連だ。国土の3分の1が北極圏にあり、冬は11月から3月まで長く続く。太陽が一日も昇らない「極夜」は12月から1月にかけて訪れる。 それでも幸せなのはなぜか。答えの一端は、サウナにある。寒さは、温かさのありがたみを最大化する装置だ。冬は雪が深く積もり、空気はピンと張り詰めていてどこまでも静かな世界が広がる。しかしそのぶん、サウナとホットドリンクのありがたみが倍増する季節だ。 そして、もう一つの答えは、長い冬が培った「共同性」だろう。かつて、人は一人で冬を越せなかった。フィンランドでも、北欧でも、厳しい気候が人々を互いに頼らせ、社会のつながりを強くしてきた。その名残が、今も福祉国家の骨格を支えている。
アラスカの名は先住民族アレウト族の言葉で「偉大な土地」を意味する”Alaxsxa”に由来する。太古から伝わるこの土地は、数千年にわたり先住民族の大地だった。 内陸のフェアバンクスでは夏は30℃を超えることもあれば、冬はマイナス40℃を下回ることもある「極端な気候」が特徴だ。 そんな中で生き続けてきた人々の暮らしは、季節との深い対話だった。アラスカに最初に暮らした人々の子孫であるユピックの人々は今も、春には果物や野イチゴを摘み、夏には魚を取り、秋になれば狩猟に出かけ、冬はトラッピングと呼ばれる罠猟で動物を捕獲する。母なる大自然への敬意と感謝を決して忘れることなく、川や海、ツンドラへと出かけていく。 アンカレッジに暮らす東京出身の日本人は驚きをこう記している。「寒いときはマイナス30度くらいまで下がる。が、実際に暮らしてみると、思っていたよりも大丈夫でした。真冬でも部屋の中は東京より暖かく過ごせます」と。しかし今、アラスカの寒冷地も温暖化の影響に直面している。アラスカ州に点在する約220の先住民族の村のうち、永久凍土の融解や土壌浸食、洪水などの危機に直面する村は144カ所にのぼる。寒さの中に生きることを選んできた人々が、今度は寒さが消えていくことへの対応を迫られている。
寒い気候が好きだと気づいている人々が今、その寒さを失いかけている。好きなものを失いかけているとき、はじめてその輪郭がはっきり見えてくるのだ。


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