新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって生じた変化にどのように適応しましたか ?
5類移行という言葉が聞こえてから、もうずいぶん経つ。マスクをする人も減り、居酒屋に活気が戻り、街には良くも悪くもインバウンドの旅行者があふれていたりした。表面だけを見れば、コロナ禍はとっくに過去のものになったかのようだ。しかし実際には、あの数年間が社会と人体に埋め込んだ変化のいくつかは、今になってようやくその輪郭を見せ始めている。
確かにウイルスは今も変異を続けている。まず医学的な現実から確認しておくと、ウイルスは5類移行後も感染と増殖を繰り返しながら少しずつ「変異」を続けている。変異株の種類によっては症状や罹患後症状も変わってきている可能性がある。感染の波は夏と冬に繰り返し訪れており、2023年5月に終息宣言されたが、COVID-19の影響は私たちの記憶に深く刻まれ、今なお世界中でその影響が感じられている。「終わった」という感覚は、半分は正しく、半分は錯覚なのである。
感染から回復したはずなのに、なんとなく頭が冴えない。集中できない。簡単な家事でさえ億劫に感じる——新型コロナへの感染後にブレインフォグを経験する患者は後遺症を持つ人の20〜65%にのぼるとされている。注意力の散漫、記憶力の低下、思考のまとまらなさが主な症状として報告されている。この推定値の幅の広さ自体が、症状の理解がいかに難しいかを物語っている。罹患後症状の病態は2024年末時点でもいまだ解明されておらず、標準的な治療法も確立されていない。これらの症状は患者の就業や学業、文化・余暇活動などの生活に影響するだけでなく、経済状況にも影響を及ぼし、精神的なサポートの欠如などにより社会からの孤立につながるリスクがある。つまり病気が治っても、人生の歯車が狂ったまま戻らない人が存在するという。
もう一つ、より見えにくい変化がある。それは「孤独」だ。2025年に公表されたWHO社会的つながり委員会の報告書がある。社会的なつながりが寿命・疾病・メンタルヘルスに直接影響する「健康の基盤」であることを科学的エビデンスとともに明らかにした。孤独は気分の問題ではなく、立派な公衆衛生上の課題なのだという認識が、ようやく国際的にも共有されつつあるのだ。日本でも孤独・孤立対策推進法が2023年5月に可決・成立し、2024年4月に施行されている。
対処法として重要なのは、「つながりを回復させるには時間と意図が必要だ」という現実を受け入れることである。社会的に孤立した状況で心の健康を保つためには、運動や瞑想のほか、できる限り外に出て自然に触れることが効果的だとされている。また、孤立した状況の中でもプラスに捉えられること——家族との時間や新しい趣味への挑戦など——に意識を集中させると気分が上向きになる。小さな習慣の積み重ねが、失われた社会的筋力を少しずつ取り戻させてくれるのだ。特に見落とされがちなのが、思春期世代への影響だ。コロナ禍の真っ只中に多感な時期を過ごした10代は今や20代になっている。友人関係の構築、自己肯定感の育み、社会との接続——そういった発達上の経験を歪んだ形で通過してきた彼らへの長期的なフォローは、まだ十分とは言えない。
コロナ禍の「終わり」を人間が宣言することはできても、その傷の「終わり」は別の話だ。「もういい加減にしてくれ」という気持ちは、誰もが持っている正直な感情だ。しかし、その疲れ自体もまた、コロナ禍が残した一つの後遺症なのかもしれない。疲弊しながらも現実を直視し、小さな一歩を積み重ねていく——それが今、私たちにできる唯一の応答ではないだろうか。


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