毎朝の日課は何ですか ? 1日の最初の1時間をどのように過ごしていますか ?
自家焙煎の豆を挽き、湯を注ぐ。その静かな所作が、まだ眠たい意識をゆるやかに起こしてくれる。ただ、その「当たり前」が当たり前でなかった時期のことを、今も折に触れて思い出す。
昨年は、術後の影響で、朝の最初の1時間どころか、一日じゅう苦痛の中に沈んでいた。コーヒーを淹れてゆっくり過ごす余裕などなかった。苦痛に支配されると日課という概念そのものが消えてしまう。「日常」とは、実は驚くほど繊細なものだと、あの頃しみじみと知った。
今年に入り、あの頃の日課がようやく少しずつ戻りつつある。完全にとは言えないが、コーヒーの一杯は取り戻した。それだけで、朝がずいぶん違って見える。ところが今は今で、黄砂まみれの花粉が容赦なく押し寄せ、体の不調が続いている。自然というのは、こちらの都合などお構いなしだ。
絵を描き始めた。年明け頃から肩の腱鞘炎がだいぶ楽になってきたおかげで、ようやく筆を持てるようになった。最近はミレーの「晩鐘」を模写してみた。夕暮れの野原に佇む二人の農夫。祈りのような静けさを、自分の手でなぞる作業は、思いのほか心が落ち着くものだった。次はリクエストがあった桜を描こうと、ぼんやりと構想を練っている。まだアイデアは霧の中だが、うまく形になれば、出展も視野に入れてみたい。
体の具合と、季節と、創作意欲——この三つがなかなか足並みを揃えてくれないのが悩ましいところだ。それでも、コーヒーの香りとともに朝が来るかぎり、また少しずつ前へ進んでいける気がしている。


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