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ご自身を一言で表す言葉は何ですか ?

一昨年、自分を一言で表す言葉を問われたとき、「人」と答えた。人は人によって人となる。それはチャレンジの年だった。新しい人と関わり、新しい人にぶつかり、新しい人に支えられながら、もちろん家族も人から成り立っている。そして自分という輪郭がじわじわと形作られていく感覚。人という字が二本の線で支え合っているように、誰かがいたから立っていられた年だった。

翌年、答えは「苦」になった。命は苦。なぜ人は生きているのか。その答えが、ここにある。生きるとは本来、苦そのものだ。苦から逃げるために生きているのではなく、苦の中にこそ命の実質がある。降りかかった試練のひとつひとつも、その文脈で捉え直せば、苦しみではなく命の証だった。おかげさまで乗り越えられた、という感覚の底には、この静かな納得があったのかもしれない。神は乗り越えられない試練は与えない、という言葉も、頭ではなく腹の底に落ちていった年だった。

そして今年。「人」で自分という輪郭を得て、「苦」で命の意味を見つめた。その二年を経た今、市展の入選という小さくて確かな結実があった。国際情勢という名のどうにもならない風は吹いている。それでも「後は上るだけ」と思えている。これは根拠のない楽観ではない。人と苦、両方をくぐり抜けた末に残った、静かで硬い核のようなものだ。ワクワクしている。でも浮かれてはいない。平々凡々と過ごせている。でも空虚ではない。この二つが同時に成り立っている。下がり切ったところからの、静かな上昇を感じる。

人、苦、そして萌。「萌」という字には、芽吹きと同時に、ワクワクするという意味がある。俗っぽい方は此処ではスルーだ。此処では、人との関わりの土に根を張り、苦という命の本質を冬の寒さの中で全身で知り、そして今、地表へと芽が顔を出そうとしている感じをさしている。派手でなく、まだ小さい。
でもこれは、人の始まりの形をしているのだ。

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