これまで受け取った最高の贈り物について聞かせてください。
表現そのものに潜む曖昧さのせいだ。矛盾した誤りがそうさせている。一つは「最高」という語ともう一つは「これまで」という副詞の用い方に関する文法的・語用論的な曖昧さである。最高は最上級であり、比較対象の中で最も優れているものを一つだけ指す。したがって、「最高の贈り物」とは、複数の贈り物の中で最も価値があるとされる唯一のものでなければならない。にもかかわらず、「これまで受け取った最高の贈り物は?」という問いは、文脈上「複数の“最高”が存在する」ことを前提としているように聞こえる。この論理的に破綻した最上級の意味を無効化する用法が気持ち悪いのだ。
したがって、「これまで受け取った」と言うと、あたかも贈り物を継続的に受け取り続けているような印象を与える。一方、「これまでに受け取った」であれば、「過去のある時点までに受け取った贈り物の中で」という意味が明確になる。つまり、設問の意図が「過去に受け取った贈り物の中で最も印象深いものを問う」ことであるならば、正しくは:これまでに受け取った贈り物の中で、最も印象に残っているものは?とすべきである。
言葉は思考の器であり、問いはその器の形を決める鋳型である。問いが曖昧であれば、答えもまた曖昧になる。問いを立てる者には、言葉の責任がある。
その責任を果たさぬまま、感動的な答えだけを求めるのは如何なものかと思った今日この頃だ。


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