何故そんな事を聞くのだろう。

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人を見る目がありますか ?

「人を見る目」という言葉の語源をたどっても見つからない。はっきりとした出典はないのだろう。探し方が悪いのだろう。古くから「目」は人の本質を見抜く力や直感の象徴として使われてきた。確かに古典にも、人の性格や器量を見極めることの大切さが語られている場面があったりする。

なぜ「人を見る目」が話題になるのかというと、たぶんそれは「信頼」や「裏切り」といった、人間関係の根っこに関わるから。誰かを信じた結果、裏切られたときに「自分には人を見る目がなかった」と悔やむ。自分を慰める、そのための言葉なのかもしれない。

人を見る目の有無など、どうでもいいことと思う。完璧に人を見抜くなんて、そもそも無理だ。人は変わるし、見えない部分もある。だから面白い。「見る目」って、最初からあるものじゃないだろう。出会いと失敗と、信じたことの積み重ねで育ってくる。自分の狭い世界の中だけの話だ。日常的な判断力や経験に基づくセンスの話だといえる。「心眼」だって、最初っからではない。違いがあるとすれば、もっと深くて、精神的・直感的に真実を見抜く力が含まれている感じだろうか。たとえば、誰かの笑顔の奥にある悲しみを感じ取る…とかは心眼に近いだろう。いずれも「目に見えないものを感じ取る力」だ。

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