人間臭く生きていられる存在。

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家族について教えてください。

”らしく“ではない。そんなお手本のような生き方はするつもりはない。忖度も要らない。起業はしたが会社員とはおさらばだ。忖度する相手もいない。家族と真っ向勝負だ。と言っても別に戦う訳ではない。例えるなら、ぶつかり稽古みたいなもんだ。カッコ良く言えば、胸を貸したり借りたり。当たりどころが悪ければ、自爆もする。当たりどころが正しければ、押し切れる。時には投げられる事だってある。

”喜怒哀楽ってこんなだったんだ“と気付かせてくれる存在。昔は笑う事が無かった。そんな事全く気にもかけて無かった。確かに声を出して笑う事って無かったかも。吉本や松竹新喜劇に始まり、漫才もよく見ていた。当時は笑っていたのだろう。たぶん。それが気がついたら、笑わないと、良く指摘されたモノだ。つい最近でも、カラオケのアプリで思わず笑ったらすると、珍しいみたいにコメントされた事もあった。なんかいつだって、何をしてても、不愉快な感情が拭いきれずにいた。

それがだ。不愉快な感情はニュースやぶつかり稽古なんかで、一時的に湧いてくる。それが今は、一時的になったのだ。おかげで、喜怒哀楽が自分にも当てはまるような気がしている。以前はピリピリ状態である意味敏感だったが、今はゆるゆる状態で感情がダダ漏れになったりする。以前にもそう言ったスイッチはあったが、今はスイッチというモノはなく。扉すらない感じだ。ダダ漏れと言っても源は限りがあるし、キッカケさえ治ればそれでも漏れは止まる。この年で漏れなんか言ってると、なんか違う意味に取られても、実際にそうなっても困る。まして人間臭くなどタイトルにしてるので、この話題はこのくらいにしておこう。

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