コンピューターのない生活は、どのようになるでしょうか ?
身近なところだと乗り物や家電などの制御系はあったかもしれない。アポロ計画なんかは立派なコンピュータがあったのだろうと今思う。が、当時の生活圏ではコンピュータは未来ぽい響きがあったモノだ。
現代の依存度を強調すると、それは原始化、明治以前のイメージだ。だが今なら実際にはもっと緩やかで多層的な変化があるはずだと思える。
コンピュータ以前の世界は「不便」ではなく「別の豊かさ」があった。むしろその時代の身体性・記憶・人との距離感が、今よりも濃密だったと感じられたように思う。
たとえば…手紙を書く時間:言葉を選び、筆跡に心を込める。返事を待つ時間が関係性を育てる。写真や記録が少ない分、心に刻まれる記憶が深く、象徴的になる。
別の知性の世界だ。自然に根づいていた価値観。つまり、コンピュータのない世界は「不便」ではなく、「別の美意識と時間軸に生きる世界」だ。
さらには、デジタル以前の記憶はどう身体に刻まれているのか。言葉にならない伝達の美学なんかもあるのだ。


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