笑いのツボは何ですか ?
そもそも「ツボ」ってなんだ。漢字で書けば「壺」。あの丸くて口の狭い陶器のことだ。でも笑いと壺に何の関係があるのか。これは鍼灸でいうところの「経穴」、つまり体のツボから来ていて、「そこを押せばちゃんと反応が出る急所」という意味が転じたのだろう。「ツボる」という動詞にまでなっている。じゃあ漢字で書くのか。書かない。カタカナのままだ。漢字にしたとたんに急に面白くなくなる気がするから、それはそれで正解かもしれない。
英語ではどう言うのだろう、とも考えた。”What makes you laugh?” が直訳だが、それだと少しそっけない。”tickle your funny bone” という表現があるようだ。funny bone、おかしい骨、笑いの骨。これはこれで詩的でいい。ひじの内側の神経を打ったときのあのしびれるような感覚を「ファニーボーン」と呼ぶところから来ているらしく、「笑いのツボ」と同じく体の比喩を使っているのが面白い。人間、おかしさを感じる場所を体のどこかに求めたくなるのかもしれない。
さて、ツボはどこだろう。答えに詰まる。不意打ち。予想していない方向から来る何か。赤ちゃんや幼い子どもの、悪意も計算もない純粋な言動。気のおけない人との会話の中にふっと生まれる間や言葉。そのあたりに笑いは潜んでいるのか。書いたけれど、これはずいぶん抽象的だ。具体的なエピソードが何もない。「どんなとき笑いますか」という問いへの回答としても、これは少々心もとない。
つまり、よく分かっていないのだ。それもそのはずで、笑いというのは「継続しない」ものだからだと思う。ある瞬間に腹を抱えて笑ったことでも、翌日に同じ状況を再現しようとすると、何ともない。「ねえ、昨日のあれ、面白かったよね」と言いながら説明しはじめると、すでにもう半分死んでいる。笑いは生きているその瞬間にしか存在しないもので、標本にすると途端にしぼんでしまう。だから言語化しようとすると必ず取りこぼしが生まれる。
笑いのツボを言葉で説明できないのは、たぶん無知のせいではなく、笑いそのものの性質のせいだ。と、ここまで書いてみて、少し気が楽になった。分からないのではなく、分かる性質のものではないのだ、ということにしておこう。


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