聞かれたくない質問は何ですか ? 説明してください。
単に「くだらない」「価値がない」という意味に見えるけれど、視点や状況によって、含まれるニュアンスが大きく変わるのだ。たとえば、自分の基準では重要でない、自分にとっては取るに足らない。つまり、価値の問題ではなく 距離感の問い。本質に触れない周辺の話題、すなわち議論の核心から外れた枝葉。ま、時間を奪うだけの雑音だ。SNSの炎上、噂話、揚げ足取りなどエネルギーを注ぐ価値がないモノなんかもそうだ。しかし、答えるかどうか別にして時に救いにもなる軽さがあったりする。くだらない話が、緊張をほどき、心を休ませることもある。「しょうもない」は、必ずしも悪いものでは無い。
言うなれば、意図が浅い質問、関係性を無視した踏み込み、思考の深度がないやり取りといったものを「しょうもない」と感じる。以前聞かれたくない質問はないと答えた。これは答える価値がないのではなく、問いとして成立していないものと言えたかもしれない。
問いというものは、しばしば相手の意図を映す鏡のようなものだ。
「聞かれたくない質問はあるか」と問われたとき、そこに潜む前提は明らかだ。それは、個人の領域に踏み込むつもりがあるのか、あるいはただ形式的に探りを入れているだけなのか。
だがその問いはどこか退屈でもある。なぜなら、答えは単純だからだ。分かることは分かると言えばいいし、分からないことは分からないと言えばいい。それ以上でも以下でもない。もしそれが個人的な質問であれば、話は少し変わる。「何を聞かれても構わない」という姿勢は変わらないが、答えの中身は相手によって変わる。信頼している相手には深く語ることもあるし、そうでない相手には表面だけを渡すこともある。それは防御ではなく、ただ自然な距離感の調整にすぎない。結局のところ、問いの価値は内容そのものよりも、誰が、どんな意図で、どんな距離から投げかけてくるのかに左右される。問いは自由だが、答えは常に関係性の中で形を変える。だから聞かれたくない質問というものを持たない。ただ、答え方を選ぶだけだ。それは沈黙であっても、言葉であっても、どちらも自分自身の選択であることに変わりはない。


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