言葉を禁じる事を禁止する。

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ある言葉の一般的な使用を永久に禁止できるとしたら、それはどの言葉ですか ? なぜですか ?

去年、戦争という言葉を禁じることで、戦争そのものが消えると信じた。だが、争い、侵略、紛争などといった他の語が残る。つまり、この言葉を消すだけでは何も変わらない。どうすれば言葉の力を通じて、現実そのものに揺さぶりをかけられるのだろうか。
「戦争」は結果の言葉だ。それを生む前提には、「敵」「正義」「勝利」「支配」「恐怖」など、より根源的な語がある。もし「戦争」を禁じても、「敵」がいれば争いは起こる。「正義」があれば、それを守るために戦いが正当化される。つまり、より深い層にある言葉を見つけなければ、現実は変わらない。
では、人は他者を排除し、奪い、支配しようとする。「戦争」はその果てにある現象の一つに過ぎない。「これは私のものだ」という概念が、「奪う」「守る」「奪い返す」という連鎖を生む。この「所有」という言葉がなければ、戦争の多くは起こらなかったかもしれない。この言葉だけで良いのか。この言葉を禁じれば、最も多くの暴力的概念の連鎖を断てるのだろうか。他にもある。
「敵」他者を排除する前提。これがなければ、戦争の正当性は揺らぐ。「正義」一方的な価値観の押しつけ。これがなければ、戦いの大義名分は崩れる。「服従」支配と被支配の構造を支える。これがなければ、命令と従属の関係は成り立たない。

と一言だけでは僕の意図は反映されない。答えは出ないという結論だ。それくらい言論の自由は担保されなければならない。とすると、言葉を禁じるという行為は言語の自由と創造性に対する制限だ。この言葉を禁じるという力の行使は、僕の意図する事には逆効果のように思えて仕方ない。

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