一緒にいたいと思うお気に入りの人は誰ですか ?
誰と一緒に居たいかと問われたとき、私は迷わず家族の顔を思い浮かべる。
それは、長い時間をかけて育まれた信頼と、言葉を超えた理解があるからだ。
けれど、ふと逆の問いが浮かぶ。「では、一緒に居たくない人とは?」と。この問いは、まるで逆光の中に立つようなものだ。何を大切にしているか、どんな空気を好むのか、そして、どんなことに耐えられないのかを教えてくれる。
たとえば、感情の起伏を他人にぶつける人。それを受け止めるような器ではない。むしろ、静かな水面のように、穏やかでいたいと願っている。あるいは、他人の話を聞かず、自分の声だけを響かせる人。話すなら言葉のキャッチボールがしたい。沈黙すら共有できるような、そんな関係を求めている。そして何より、敬意のない人。相手の存在を軽んじる言葉や態度は、まるで水面に投げ込まれた石の如く波紋を広げて心を乱す。相手に敬意を持つことで関係を維持していると言っても過言ではない。
こうして振り返ると、「一緒に居たくない人」とは、大切にしているものを軽んじる存在なのだ。そうした人との距離感を知ることは、自分を守る術であり、同時に他者を尊重する姿勢でもあるのだ。
最近、「愛妻画家」というキャッチフレーズにしても良いかと思っている。あの豊かな表情や感情は、私にないものを映し出してくれる。それが、私の筆を動かし、心を柔らかくしてくれる。今までに欠けていた笑うことが増えたのは、きっとそのおかげだ。今日も「一緒に居たい人」のそばにいる。その選択が、私の心を静かに、しかし確かに潤してくれるのだ。


コメントを残す