とても長生きするという概念についてどう思いますか ?
長生きと言えるのだろう。比較相手がいるからだろう。相対的寿命についてそう言えるのだ。相手がいなければそれは絶対的寿命だ。そこで“とても”となってくると、敬意よりも『不死』という概念に重なってくる。もしくは、そんなに生きてという嫌味のようなニュアンスにも捉えてしまう。
いずれにせよ歓迎されていない感じだ。そう偏見なのかもしれない。ただ『とても』という副詞がそう思わせる。後に続く語句を強調する役割を持つ言葉だが、元々は否定表現と共に「どうしても〜できない」という意味で使われていた。それが大正時代以降は「非常に」「大変」という肯定の強調表現としても広く使われるようになったのだ。もちろん僕は明治生まれでは無い。ちょっと興味が湧いたところで、少し以下のとおり調べてみた。
「とても」の語源は、「とてもかくても」という中世の表現から来てる。これは「どうあっても」「どのようにしても」という意味で、もともと否定表現と結びついて「どうあっても〜できない」という強い不可能性を表す言葉だったという。江戸時代まではほぼ否定形でのみ使用されていたのが、大正時代頃から肯定形での使用が増加し、「非常に」「大変」という現代的な意味が定着したらしい。
「とても」は日本語の中でも特に使用頻度の高い副詞の一つ。この言葉の面白いところは、文脈によって全く異なるニュアンスを表現できる点にある。否定形と組み合わせると「とてもできない」のように「どうしても不可能」という強い否定を表し、肯定形と組み合わせると「とても嬉しい」のように「非常に」という強調表現になる。歴史的には否定表現が本来の用法だったのが、時代の流れとともに肯定の強調としても定着たのだ。類語である「かなり」「本当に」との違いは、程度の強さや比較の有無にあります。「かなり」が予想よりも上回る程度を、「本当に」が比べるものがないほどの絶対的な程度を表すのに対し、「とても」は単純に程度が高いことを表現する。また、口語的なバリエーションとして「とっても」があり、よりカジュアルで感情的なニュアンスを加えることができるとあった。


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