阪神・淡路大震災

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覚えている歴史上の大きな出来事は何ですか ?

人生の大きなターニングポイントとなった出来事だ。被災してはいない。きっかけだ。

1995年1月17日。当時は横浜在住だった。朝起きて、テレビをつけたら、高速道路が倒れていた。言葉を失うとは、まさにこの事だ。家族は大阪に居た。家も古い。父親は朝5時前には家を出て、大阪天満橋まで通勤していた。実家には電話は全く繋がらない。焦った。決めた。会社より家族だと。幸い、かけ続ける事、2時間弱で繋がった。家族は全員無事。会社にも間に合った。

そんな事があって、しばらくして、人材会社から仕事のオファーがあった。当時は、仕事とは直接関係のない会社から接触があったものだ。別に怪しむ事もなく、ネットも無い時代なのに。

その日本の会社は、今、思うと人は一番良い会社だった。組織は人だ。まぁ当時の給料には多少不満はあったが、保土ヶ谷駅前の借上ワンルームも月1,000円、人も仕事も会社も悪くなかった。

紹介された会社はスイス系の化学会社。勤務地は大阪だ。条件は見かけ現状と変わらない。大阪なら当時の会社にも支店はあった。異動も可能だ。だがその時の大阪勤務には特別の思いもあった。実際に、転職する気もそれほど無かった。が、色気を出して、面接した。英語も片言。外人役員相手に言うだけ言った。採用されないだろうと、希望年収は、オファーされた額の最低3割増を申し入れた。。。

逆オファーを、見事に飲んできた。覚悟を決めた。外資系でのキャリアの全てが、ここから始まったのだ。

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