物心ついた頃から弾いてみたい楽器だった。もちろん触った程度であれば何度もある。
子供の頃ピアノが家にあったり習ったりしていたのは、そこそこ裕福そうな家庭の勉強も出来る同級生たちだった。遊びに行くとピアノがあった。ピアノの練習があるから遊べないとか。習い事といえば当時はそろばんや習字くらいだった。
うちは母親は幼稚園の先生の経験がありオルガンは弾いていた。家にも電子オルガンはあった。が、オルガンには興味はなかった。触りはしたが弾いてはいない。ピアノは中学で音楽の授業で先生が使っていたように覚えている。授業か合唱大会くらいだ。合唱大会で指揮をしたがピアノとうまく合わなかった思い出がある。歌はついてきたがピアノがズレた。ピアノは正しく弾いていたのだろう。こちらは素人。盛り上がりに任せて調子を上げたのだろう。お調子者の悪い一面だったのかもしれない。
これまで習うチャンスはあったと思う。ある常連繋がりの後期高齢者も高齢者がピアノを五年前くらいに始めた。辛坊治郎さんも習い始めているという。そこまで思っているのに何故やらなかったか。気持ちに余裕ができなかった。ストレス発散できる容易な手段に走っていた。それが今再燃している。
妻は弾く。弾けるという感じでは無い。未確認だが弾く。教わりたい気持ちもあるが、もう既に拒否されている。まぁ喧嘩の種は蒔かないに越したこともない。ピアノが好きなベクトルは同じだ。
最近電子ピアノを見る楽しみが増えた。最初とは見方も変わってきた。鍵盤を押してから底に至るまでの間にドラマがあるという。何故か分からないが共感した。もうそうなるとグレードが一足飛びに。。。 この夢も追いかけよう。


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